そしてまたキスをした俺だけを求めてくれるならでもお前は俺から去ってしまったの続きです。








夜が、訪れた。

フランスはリビングのソファに寝転がって、ぼんやりと天井を見つめていた。家にはフランス一人しかいない。イギリスは昼頃に上司から電話が入って慌しく出てったきり、まだ帰ってきてなかった。フランスの方は上司に事情を説明し、戻るまでイギリスのところにいる、と告げれば、渋りこそしたものの休暇の許可は思ったより簡単に出てしまって、やること無くごろごろとしている。

「戻らないならずっと、休み貰えるってことだよなぁ」

ごろん、と寝返りをうって左半身を下にした。たぷり、とそれにあわせて胸の肉が動いた。ちなみにこの家に女物の服なんて無くて、さきほど風呂に入った着替えにイギリスのシャツを一枚着ているだけである。女物があったらあったで、自分にとってはショックだけど。でもそんなことよりも、戻らないならずっと休み、ずっとこうしてイギリスの家でのんびりと過ごせる、そうしたことを頭で繰り返していて、思わず口元が緩んでしまっていた。でも。

「イギリスは、戻れ、て言った」

はぁ、と小さく溜息を落としたのは、ずっと休み、の方じゃなくて今日ずっと考えてた方にだ。どうしてイギリスは俺に戻れと言うのか。確かにたまたま見た夢がどうしてか妖精さんの魔法で実現してしまって、最初は驚いたけど。

「俺、こんなにいい女なのに」

風呂でも、寝室に置いてある大きな姿身でも何度も何度も確かめたんだ。
我ながら、イギリス好きのする身体だと思うのに。俺が思うならまだしも、何でイギリスが戻れ、なんて言うんだ。訳がわからない。昨日の夜、あんまり悦く無かったのかな。や、でもその割りには、と思考がそれ始めたので引き戻す。

何でイギリスは俺に戻れなんて言うのだろう。

だって、俺が今戻るということは元通りの関係に戻るってことだろう。つまり、イギリスは俺に抱かれて、でも女も抱く。あいつが求めているのは温度で、それが得れるなら誰だっていいんだ。俺はその誰だっていいうちの一人。そしてきっとその誰だっていい中でも名も知らない女性達の方が、男である俺よりもイギリスの求めてるものに適しているんだろうな、と思ってフランスは不快感でいっぱいになった。吐きそうだ。

ちなみにフランスはイギリスとこうした関係を持ち始めてからは女の子とは一切のそういう関係を持っていない。彼にはそれを言わず、時には嘘をついて女の子と遊んでたとさえ言うけども。こうなった前日の話だって、実はご飯を食べたりお酒を飲むくらいはしたが、その後は別れてちゃんと家で一人、寝たのだ。しかも半ば仕事で、である。

だけどイギリスは俺に抱かれながらも、女を抱くんだ。求めているのは愛情ではなく、単なる温度。

「ねぇ、今俺は女だよ。お前がさ、求めているやわらかい体と温かな温度がここにあるよ。体感、しただろ?」
じゃあ、どうして、戻れなんて言うんだ? 俺のじゃ駄目なの? 何がいけない? 女の方がいいだなんて言い訳、今はもう通じないから。

そこまで考えて、そうか、とフランスは気づいた。言い訳が無くなるのか。俺を決して選ばないための言い訳。きっと今でも俺はイギリスにとって最後に回したよろしくない手段で、俺をそこから動かしたくないんだ。誰だっていいけど、本当は誰でもいい訳じゃなくて、俺だけは除外。

別に、愛してだなんて言ってないよ。勝手に、愛させてくれればそれでいいのに。

目を閉じて、そう言った。吐き気が収まらない。俺は、このまま寝てしまおう、ともう一度寝返りをうった。



「どんな夢を見ているんだ?」

声がした。あ、帰ってきたんだ、と思ったが、フランスは、起き上がるどころか目を開くのも面倒で反応にはおこさない。吐きそうな感じは収まっていたが、少しどうしようも無い虚脱感が身体と精神を満たしている。近づいてくる足音。でもフランスは起きる気にはなれなかった。今起きて、上手に笑える気がしない。

「……そんな格好しやがって」

ばさ、と上から落とすように何かをブランケット代わりにかけられる。

すごく近くでイギリスの吐息を感じた。寝顔を覗きこまれているようだ。キスでもしてくれるならすぐに起きるのに、とあんまり働こうとしない頭の隅っこでフランスは思って、ありえないな、とすぐさま否定する。だってそんな関係じゃない。

「なぁ、何を思って女になんかなったんだ。ばか」

イギリスは囁くほどの小さな声で言った。彼の少し冷たい指先が俺の頬をなぞってきてくすぐったいが、やっぱり反応はしないでおく。ばか、と彼はもう一度言った。

「そりゃ、お前と俺との関係がお前の望むようになればいい、て言ったけど、まさかそれが叶って、しかも実現するなんて」
お前がそんな夢を見るなんて、思わなかったし。

え、何て言った? とやっぱり行動として反応は見せず、頭の中だけで問う。俺の望むように、てどうして。とりあえず例の妖精さんの魔法は、彼が二人の関係について俺の望むようになればいい、と言ったから実現した、という物らしい。

「酔ってたんだ。映画に行った日の次の次の日。なんだか悲しくて、辛くて、酔ってたんだ。だってお前は誰だってよくて、誰にでも愛してるだとか好きだとか言えて、俺は単なるその中の一人でしか無いんだなんて。俺はこんなに思ってるのに」
お前だから許したのに。だけどそれも頭数の中で割られて、霞んで、お前には伝わって無いんだ。

だんだんと口調が幼くなっていくイギリスに、もしかしたら泣いてしまっているのかもしれない、と思ったが、まだフランスは目を開けられずにいる。すごいことを言われている。こんなこと、今まで一度も聞いたことが無い。

「お前が別に望んで無いなら、こんな関係、無くてもいい、て思ったんだ。俺からは切ることなんて、できないから。だけどこんな風にされるなんて思っても見なかった。だって、こんな……最低だ。俺がどんだけの羞恥に堪えて、でもお前だからこそ許して身体を開いてたか知らないくせに、お前は女になって易々と、俺に抱け、と言うなんて。最低だ、最悪だ。どんだけ女に逃げても、思ってしまうのはお前だけだったのに」

泣いてはいないようだが、言葉は太く固い棘ではなく、細かい棘がチクチクと痛い。でもそんな風に思われてるなんて知らなかったんだ。だって、お前が俺に抱かれるのは他人の温かみが欲しいからで愛とかそんなものじゃないと思ってたんだから。

もし今起きて、純粋な愛情のキスを求めたら、彼は応じてくれるだろうか。

「……早く、戻って来いよばか。すぐここにお前はいるのに、お前じゃないんだ」

撫でていたイギリスの指が、言葉が終わるとともに離れていって、ちょっと遠くで思い出したように、良い夢を、と聞こえた。そのまま足音が遠ざかって、ドアの開閉する音が聞こえる。



フランスはやっと起き上がった。体にかかっていたのはイギリスの着ていってた上着だった。

「ごめんね」

小さくそう言って、そんなの全然知らなくて、わかってなくてごめんね、と続けた。

「俺には、お前しかいないから。他の誰かじゃなくて、お前だけだから」
お前がもとの俺がよくて、もとの俺を愛してくれていたなら、俺は戻るよ。

あれだけぐだぐだと悩んでた時間が勿体無いほどスッキリとそう思えて、フランスは、もう一度横になって目を瞑った。

明日朝起きて戻っていたら、伝えないといけないことがたくさんあるけど、まず。
おかえりのキスが欲しい
そしてその後、お前だけだ、とわからせてあげる。