小さいころ、イギリスは俺の家に来るたびに庭を整えてた。

彼に愛でられた花々はその愛を返すように綺麗に咲いていて、俺は別に花には興味なんて無かったけど、その美しい花々を慈しむように見つめるイギリスの横顔は好きだった。安堵したような顔でもあった。俺は彼がいない時、花を枯らしてしまうのが恐くて、その表情を失ってしまうのが恐くて、積極的に花に触らなかった。水や肥料もあげなかった。イギリスも俺が世話をしないことは分かっていた様で、そのことについて何も言わなかった。

その代わり、俺の分もイギリスは俺の家の中の彼の庭をたくさん愛した。俺も、彼がいる時はたまにそれを手伝った。それでも庭自体にあまり愛着は湧かず、ただそれはイギリスとたくさん一緒にいるための手段だった。遊んでくれ、と強く言うと早々に切り上げて遊んではくれたが、それでも後で庭に戻ってしまうので一緒に庭にいるのが一番簡単な解決方法だった。

「アメリカ、これを持ってくれ」
「うん」

渡されたのは一本の鮮やかな薔薇だった。歯切れの良い花鋏の音がして、一本、また一本と渡されていく。イギリスはよく、自分の自慢の花を花瓶に飾った。この、俺の腕の中でおとなしく抱かれている薔薇もそのために選ばれたものだった。俺はその花弁を傷つけてしまわぬよう、そっと抱いた。その強い香りが身に染み込んでゆく感覚がした。イギリスの方からもその香りがしたから、おそろいだ、と思うと嬉しくて自然と笑顔になった。

こちらを向いたイギリスは少し驚いたような顔を見せて、そして微笑んだ。俺はその微笑みの意味がわからなくて、首を傾げた。

「どうかしたの?」
「そうしてると、本当にお前は天使みたいだ」

おれのかわいいあめりか。そう言ったその顔は、花を慈しむ時の表情と同じだった。





腕にいっぱいの花を抱えて俺はイギリスの家、閉ざされたドアの前、それを開くことが出来ず立っている。

通ってきた庭は荒れていて、独立後しばらく会っていないが体調が悪いということは本当らしい、ということが分かった。でも、風邪か何かをこじらせたような物だろうか、と思いながら、薄く開いていた玄関の扉を開けた。

家の中はひっくり返っていた。陶器が割れたまま床にそのままだったり、テーブルや椅子が脚を上にして転がっていたり、油絵が破れていたり、本が投げ捨ててあったりもしていた。部屋という部屋がそんな感じで、俺はぞっとする。

行き着いた閉じられたドアの向こうからは声がした。俺はドアの前で立ち止まった。今に至る。

「あめりか、おれの、あめりか」

名を呼ばれていた。イギリスの声だった。酷く掠れていたけれど、うなされている様では無い。

違うだろ、もう君のアメリカじゃ無いだろ、とドアを開けてそう言うべきだったのかもしれない。それでも、イギリスの声が俺の聞いたことのあるものじゃなくて、俺は戸惑ってしまったんだ。言うなら、幼い子が楽しんでいるような声。それなのに、苦しげに掠れた声で。誰と話しているのだろう。

「ばらが、とてもきれいなんだ。ばらが。それを、あいつがもって、ああ、きれいだ。わらって。てんしみたい」
「そうだね、天使みたいだね」

イギリスとは違う声がイギリスに同意をする。フランスの声だった。

「そう。おれのてんし。おれのあめりか」

くすくす、と笑ってもう一度イギリスは、おれのあめりか、と言った。

「はながみたい。あめりかのはながみたいよ。あめりか、あめりか」
「花なら庭に咲いているよ」

フランスはそう返した。庭に花なんてもう咲いていないのに。落ちてしまった花弁は地面に散らばって腐っているのに。

「ちがうんだ。あめりかのはながみたい。あのてにだかれたはながみたい。あめりかのはなはさいているかな。ああ。そのてにだいているかな」
「抱いているよ、多分」
「わらっている?」
「笑っているよ」

笑ってなんかいないよ。
俺はそう叫ぼうとして、でも声なんて出なくて、ぎゅっと持っていた花を抱き潰した。花は悲鳴をあげたが、気にならなかった。

「あめりか、おれのあめりか」

またそう呼ばれる。俺は君のものなんかじゃない。そんな風に呼ばないでくれ。そんな声で呼ばないでくれ。俺は、恐くて、悲しくて、聞いていられなくて、花束をその場に捨てて、走り去った。

いかないで。
最後に聞こえた言葉はそんな風に聞こえた。

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