そう、それは単純なことだった。

子どもはいつか大人になるし、生命は束縛を厭い自由を渇望する。どこにでもある成長し巣立っていく生き物の物語だ。何も複雑で、特別なことなんて無い。愛は束縛。自由は束縛を拒絶する。子どもに与える愛を拒絶する。

だから、そう。単純な話。子どもは大人になったということ。大人はそれに気づかなかったということ。



雨や血や火薬の匂いは身体に染み込んで、気にもならなくなっている。瞬きをする度その一瞬に、幸せな、例えば朝日の差すあたたかな部屋での二人で食べる朝食の光景だとが瞼の裏に映った。やわらかに笑むその顔。きっと俺も似たような顔をしていた。幸せだった。幸せだったよ。

でも俺は自由が欲しいんだ。保護じゃなくて、対等、それ以上が欲しい。
だからその悲しみや痛みを俺に見せぬよう目を塞ぐその手を離してくれ。遠くは危ないといいながら繋ぐその手を離してくれ。

そうして今度は、この、君よりも大きくなったこの背で今度は俺が悲しみや痛みを遠ざけてあげる。遠くが危ないなら一緒に行ってあげる。だから。

「たった今から俺は、君から独立する」

雨の音に負けぬよう、大きな声でそう言った。君に聞こえるように。世界中に告げるように。自分に聞かせるために。

瞬きをした。幸せだった光景が浮かぶ。




ぼろぼろと天からでなく君の瞳から零れるその雫に、ああ、君の手を取ったのも君がそんな顔をしたからだ、と思い出した。最初っから君の涙に俺は弱い。今も心臓が締め付けられるように痛む。
こうして、いつの間にか俺が大きくなって、見上げてた君の背がいつの間にか小さく感じる今でもそれは変わらない。

さよなら、俺のお兄ちゃん。もう君の弟じゃなくなるけど。
愛しているよ。きっと。今も。


もう君の弟じゃなくなるけど、赦してくれるかい?

次へ