「君たちはそうやっていつも、俺を子ども扱いするんだ」

珍しくすっかりとできあがってしまった酔っ払いは、その兄が酔った時よくするように、天井のオレンジ色をした照明を映したカウンターテーブルをじっと睨みつけて、誰に言ってるのだか、恨み言を延々吐き続けている。いや、さっきの、君、という代名詞が俺を意味するのだろうから、きっと俺に向かって言われているのだろうけど。

まったく、兄弟揃いも揃って、面倒な奴らだ。

「……お前、ちょっと飲みすぎじゃないか」
「うるさいなぁ。俺なんだから誰かさんみたいに簡単に酔ったりしないよ」
「もう既に酔ってるじゃねぇかよ」

そう呟くと、ごろり、と音がするくらいに気だるげに酔っ払いは目をこちらに向けた。不満そうな顔をしている。

「……君こそ、少しはまともに飲んだらどうだい。いつもそうやって、ろくに飲まずに彼の愚痴を聞いているの?」

その、酒精で潤んだ瞳は、捨てられた犬をどうしてか想起させ、その発想のおかしさに笑ってしまった。捨てられた訳じゃなくて、出ていったのだ。そして手を貸したのは俺。

「笑ってないで答えてくれよ」
「いや、そうじゃなくて。……そうだな、まぁ、あいつと飲んでいたら、どうせ持って帰らなければならないの俺だし、外で飲んでたら少しは控えるというか、自然と飲む量が少なくなるというか」

そこまで言って、今ごろあいつはホテルの部屋で一人酔いつぶれているのか、と想像する。
今日の会議でまた例の如くこいつらは大喧嘩をして、お開きになった後、どうしてか俺は兄の方ではなく、弟の方の話を聞くことになっている。まぁ、結局はどっちとも俺の大事な弟だけれど。

会議が終わった直後、飲みに行こうじゃないか、と無理やり腕を取られた時、あいつは瞬間こっちを向いてなんとも形容しがたい表情をしたのがどうに心にひっかかっていた。

「ふうん。優しいんだ。あんな喧嘩してるくせに」
で、今はどうして飲んでいないんだい?

さっきの不満そうな顔じゃなくて、人をからかうような、決してよくない風に口角を上げた表情。いつもみたいに、自分が信じた正義をつらぬいている、純粋な表情ではなく、言ってみれば艶やかとさえも言えるような、そう、この兄がたまにする挑戦的で挑発的な表情。

今、どんな状況なのだろう、といつもなら隣で酔いつぶれているあいつを思う。

「……俺を適当に片付けた後、そのまま彼のところへ行くため、かな?」

お手上げ。別に、適当に、だなんて思ってないけど、なるべく早くホテルに帰って、彼の部屋を訪ねたいとは思っていた。彼の様子が気になって酒なんておちおち飲めやしない。

「ねぇ、俺はまだ酔ってなんかいないよ」

その瞳が酔っていると告げている。だんだんとその目が近づいて見えるのはこちらが吸い込まれているからか、向こうが寄せてきているからか。

鼻先が触れ合うすれすれのところでとまる。

「帰りたくないんだ。優しい君は俺のこと放って行ったりしないよね」

彼は艶然と笑った。その兄によく似た笑み方だと思った。
だいじなおとうと
大事な弟、どっちとも大事な弟だから、見捨てては置けないの。
でも今いないもう一人が心配で心配でしようが無い。