確かに、その声で名を呼ばれるとやすやすと心拍数は上がるし、触れられるだけで簡単なこの身体は熱を生み出す。精神はいつの間にか既に彼の者に容易に囚われている。 そんなことを知っているのか、それとも知っていないのか、彼は安易に毒を含んだ言葉をこの耳へと注ぐのだ。 「愛してますよ」 どう返せばいいと言うのか。その毒によってこちらは舌まで痺れている。即効性で、長期間。つまり、死ぬまで。治療法は皆無。しかもこの毒は思うに、中毒性もあるらしい。なんてことだ。 「愛してます」 何度も言われるたび、毒は心の中に沈積していくのに、心地よさは増していく。彼の吐息が耳にかかる。いつの間にか後ろから抱きしめられていた。ぴたりとくっついた背中から、回された腕が触れる脇腹、もう何もかも全てが熱い。離れろ、と零した声はその唇に奪われてしまった。軽く触れてすぐに離れていったそれを、思わず目で追いかけてしまう。くすり、と笑われたような気がしてこれ以上無いほどに顔に血が昇る。 「……離せ」 それだけ言うと、意外にすんなりと彼は離れた。だけれども熱はおさまらない。熱い。苦しい。息ができない。どうして。 振り向くと、彼は遠いところまで下がっていた。や、遠いということは無い。数歩詰めれば手は容易に届く距離。遠くなんて無い。だけど、遠い。今、この場、手を伸ばしても届かないなんて。 「オースト、リア」 痺れた舌で名を呼ぶ。彼はふわりと笑っているだけだ。オーストリア、ともう一度。わかってるだろ。わかってるくせに。 はぁ、と息を吸った。熱いんだ。苦しいんだ。どうにかしてくれ。どうにかされたところで、余計に熱くなる、苦しくなるというのはわかっているけど。瞬きをした。視界から消えた一瞬が恐ろしくてたまらない。 「オーストリア」 「愛してますよ」 なんて毒。一瞬呼吸がやわらいだが、足りない、足りない、と体に宿った熱が叫ぶ。 「オーストリア!」 「愛してます」 何度も名を呼んで、毒を求めた。届かぬ先へ手を伸ばす。向こうからも手が伸びてきた。届いた。熱い。 「愛してます」 なぁ。この俺をこんな風にしてどうするつもりなんだ。こんな熱を抱えさせて。なぁ。その毒を注ぎ込んで。なぁ。 おれをこんなによわくさせてたのしいか。 俺をこんなに弱くさせて愉しいか。 そう問うたところで、もう選択肢など俺には残されていないのだ。この甘い甘い毒しか残されていない。それをはしたなく求めるしかどうしようもない。くれ、おねがい、ちょうだい、ください、どうか。 「オーストリア」 「愛して、ますよ」 「……愛してる」 与えられた毒を注ぎ返すと、彼は驚いたような喜んだような表情をした。苦しんだような表情かもしれない。 そんな表情に満足して、俺は笑ってやった。 |
愛という毒について 与えられれば舌が痺れるほど甘くて、与えられないと呼吸ができぬほど苦しい。 身体を駆け巡る熱に内側から焼けてしまいそう。 でも、もしお前も一緒だというなら、どうなろうと一向に構わないとさえ思っているんだ。俺は。 |