海を見に行こうよ、と兄弟は言った。 夏の太陽の光を受け、波はキラキラと輝いていた。隣を見ると、同じ顔をした兄弟が眩しいのか目を細めてそれを何も言わずに眺めている。もう一度海を見た。遠い、遠いところで空と海が溶けあっている。水平線は目線の高さだ、と誰かが教えてくれたのを思い出した。それならきっと僕達は同じ高さの水平線を見ているのだろう。何せ、悲しいほど同じだから。 「いきなり、どうしたのさ」 「……何がだい?」 「いきなり海なんて」 兄弟がこちらを向いた気配がしたから、そっちを向いてやる。青い色の瞳は海の色とはまた違っていた。それでもその明るい色の金の髪に、自分とよく似た顔の、でも絶対自分はしない表情に、海がよく似合っていた。悲しそうでも、ましてや嬉しそうでも無い。もの思いに耽った、遠い遠い向こうを見る表情。それでもそこに引き込まれたりはしない。両足でここに立って精神をここに置いて向こうを向こうとして眺めている、表情。 「昔のことを憶えているかな」 「……いつのこと?」 「遠い遠い昔さ」 飛行機なんて物は無くて、全てはこの海を渡って来た時代のこと。 ああ、と納得した。もちろん憶えていた。全てが海を渡って来た時代。人も、物も、愛情も、憎しみも全て。 「憶えてるよ」 「その時俺はさ、いつも海を眺めていたんだ」 「うん。眺めていたね」 「ずっと待ってた。欲しかったから」 子どもだったから、と兄弟は続けた。そうかな、と僕が言うと、そうだよ、と返される。 「子どもだったんだ」 兄弟はもう一度言って、それからまた海を見た。キラキラと波が光っていて、水平線は眩暈がするほど遠かった。 「欲しいのに、ただ待っているだけだったんだ」 「待っているだけは、子ども?」 「子どもだよ」 突き放すような声がした。自分の過去だというのに。僕はその、子どもだった、君の背中を思い出した。感情を胸に収めてただ遠い遠い向こうの、今よりも大分低く見える水平線を背を伸ばして、頭をあげて見つめていた。 |
子どもだった君 でも、君が過去の向こうに置き去りにしたその背中は十分に大人だった。 |