「日本、入れるんだぜ!」

呼び鈴というものを知らないのか、それともご近所に迷惑を掛けるのが趣味なのか、兄は門あたりから大声で呼んで、数拍も置かぬうちに、入るあるよ、と別の兄は言うのが聞こえた。遠慮なんて終ぞ兄らから学んだことがない。

玄関の戸が開く音が聞こえた。あれ、鍵かけてませんでしたっけ。かけてましたよ。ならばどうして開くのでしょう。まったく不思議なことだ。

玄関を覗くと、韓国さんは既に靴を脱ぎ始めていて、中国さんはガチャリと戸に鍵をかけていた。

「遅いからもうあがってるんだぜ」
「アイス買ってきたあるよ。それにしてもお前、家の中じゃ本当に変な格好あるね」
「……来るなら来ると連絡くらいいれてくださいよ」

押しかけるように来ておいて、変な格好は無いだろう。確かに、いつぞや台湾さんに借りたまんまになっていたピンで前髪を上げ、半袖の色の褪めたTシャツの袖を肩までまくり、ジャージのズボンも膝下まで折りあげて、肩からはタオルをかけているのだから、あまり人様に見せられる格好では無い。でも暑いのだ。しかたが無い。

「ところで、どうやって入って来たんですか」
「兄貴が合鍵持ってるんだぜ」
「私合鍵なんて渡した覚えありませんよ。何勝手に作ってるんですか」
「我はお前らの保護者あるよ。持ってないと困るある」
ちなみにキーホルダーはシナティちゃんあるよ!

しゃらしゃらと振られたそれに、日本は呆れて言葉を失ってしまった。不適な笑みを浮かべる白い猫には、二つ鍵がついている。きっと話の流れから、もう一つは韓国のだろう。

「早く食べなきゃアイスとけちゃうんだぜ」

韓国は合鍵のことを気にした様も無く、そう言った。



並べられたアイスのパッケージの表面は濡れていて、中身も少しとけてしまっているのだろう。水滴が、つうと表面を撫でつつ落ちて水溜りを作っていく。

「バニラと、抹茶と、チョコと、イチゴと、これは……ああ、ミカンと」
「え、いくつ買ってきたんですか」
「ええと……六個?」
「行きしな俺が一つ食べたんで七個ですよ!」
「じゃあ七個ある。あ、これマンゴーあるよ」
「そんなに買ってきても食べられませんよ」
「残ったら冷やしてまた食えばいい話なんだぜ」
まだ六個あるから二つずつ食えるんだぜ!

また、てこの人たちはいつまで居る気なのだろう。無論泊まってくぐらいにはなるのだろうけど。

「……晩御飯は出しませんよ。むしろ作ってくださいね」
「今は晩飯の話よりもアイスあるよ。我はバニラにするから、早くお前らも選ぶよろし」
「じゃあ、俺はチョコなんだぜ!」
「なら、私は抹茶を。残ったの、先に冷凍庫入れときますね」
「あ、スプーン欲しいあるよ」
「はいはい。あーよっこらしょ」
「日本おっさくさいんだぜ! あ、おっさんくささの起源は俺!」
「……お前何言ってるか自分でわかってるあるか?」

背後で聞こえる声にくすくすと笑いながらも日本は冷凍庫に三つのアイスを積んで、小さなスプーンを三つ取った。お茶を出したほうがいいか、と思ったけども、アイスがあるならいいだろう、と思いなおす。かわりに大いに出来ていた水溜りを拭くための布巾を手に取った。


「あーやっぱ抹茶って濃いですね」

半分ほど食べて、ああ、そうだった、と日本は思い出した。毎度毎度抹茶アイスを食べては、もういいです、という風になるのだ。残して後で食べればいい話なんだけど。

「もう食べれないんだぜ?」

隣でチョコアイスを四分の三ほど食べきった韓国が問うてくる。中国はなんと食べきっていた。どうしてあなたたちそんなに早いんですか、と問うても、お前が遅い、と言われるだろうから聞かないが。実際そろそろ飽きてしまった味にスプーンの速度もだいぶ鈍っている。

「ええ。残しといてまた後にしますね」
「でもまだアイス違うの残ってるんだぜ。だったら俺のと交換するんだぜ」

ずい、と突き出された韓国の四分の一を反射的に受け取ると、日本の半分はさっと奪われていった。

「ちなみに抹茶の起源は俺なんだぜ」

そう言いながら韓国はスプーンにいっぱいのアイスを載せ、口に運ぶ。にこり、とすごく幸せそうな顔をしたので、日本は何も言えなかった。

「では、お言葉に甘えまして」

少しスプーンで掬ったチョコアイスは舌に新しく、美味しいと感じる。口元が緩んだ。

「美味いんだぜ?」

こくり、と頷くと、韓国はさっき以上ににこりと笑う。

「……お前らばっかり美味そうあるね。ズルいあるよ。我にも少しよこすよろし」

あーん。中国は二人に向かって口をあけた。

「もう、兄貴は本当しょうがないですね」
「中国さんもうちょっとこっち向いてください」

弟達が、韓国は山盛りに、日本は正しく一掬い同時に兄の口に差し入れる。

「ん、抹茶もチョコも美味えあるね」

言いながら、中国も、とろん、ととけたような笑みを浮かべた。
ちらりと覗くと、韓国のになった抹茶アイスはもう無くなりそうだった。日本も兄に倣ってちょっとたっぷりめに掬って口の中に入れる。

「兄貴、今度俺ん家でキムチアイス作るんですよ。日本も手伝いに来ないといけないんだぜ」

そうだ、と韓国が思い出したように言った。

「キムチ……ですか」
「やめとけある」
「えー、絶対美味しいんだぜ」
「……ちょっと、食べてみたいです」

日本が呟くと、韓国は、なら手伝いに来るんだぜ、と言って、中国は、絶対てめぇらおかしいあるよ、と呆れた。

「兄貴も手伝いに来てくださいよ! きっと楽しいんだぜ!」
「まぁ、行ってやらんこともないあるよ」
「マジですか! 流石兄貴! あ、でも兄貴の起源は俺なんだぜ」
「そんなこと言うなら、行かんあるよ」
「えー」
「そんな風に言っても可愛くねえあるよ」

からから、と中国は笑った。

「お前らといると、暇じゃねぇあるね」
「楽しい、て意味ですか?」
「言葉通りの意味あるよ。……冷蔵庫にあるもんは勝手に使っていいあるね? 日本」
「ええ。夕飯作ってくださるんですか?」
「宿代代わりあるよ。韓国も手伝うある」
「何作るんですか?」
「冷蔵庫見てからあるよ」

中国はもう一度、まったく、暇じゃないある、と言った。

「私も楽しいですよ」
「俺も楽しいんだぜ」
「ったく、お前らはもう……我も、楽しいあるよ」