例えば、手を握り指を絡ませること、肩を抱いて腰を引き寄せること、そうしたことが当たり前になったのはいつからだったか? それでも、耳元で聞こえるその声に、背に回される腕に、今でもなお熱が上がる。 「ふぅ。今日はまた一段と暑いですね」 暑いなんてもんじゃない、と答えると、彼はくすくすと笑った。夏の強い日差しにあたった木々は彩度高くかがやいていて、見上げた空は眩暈がするほど青い。日本の家の庭にある縁側からの風景である。見慣れた、とは言えないのは訪れた回数の少なさからでなく、きっと風景自体の移り変わりの速さからだ。 はい、どうぞ、と渡された麦茶はひんやりとしていて気持ちよかった。ありがとう、と言う。いつだったか、暑い日に熱いものを飲んで中から熱くなると逆に体が冷えていい、と日本は言っていた気がするのだが、今日は流石に冷たいものらしい。コップを揺らして中身を混ぜると、氷が高い音を発した。喉に流し込むと、食道からの消化系の存在を意識する。 日は少し傾いていて、縁側の上の屋根はぎりぎり俺を隠しきれていない。 「もう少し中に入ったらよろしいのに」 「陽を浴びたい気分なんだ」 「おかしな人ですね」 そういう日本は、俺よりも後ろ、部屋の中に引っ込んでしまって、はたりはたりと竹の骨の団扇で扇いでいる。はたりはたり。涼しげな藍の着物は肘のあたりまで落ちてしまって、肘から手首がむき出しだ。 「かもしれない」 「まったく。しようのない人だ」 そう言って、また彼は笑った。俺は笑い返して、麦茶を口に含んで嚥下した。 温い風が空気を動かす。温度ではなく動きに涼しい、と思った。 コップの中身を一気に飲み干して縁側に置き、ぼて、と後ろへ倒れたら、胸のあたりからは日陰に入った。天井が暗くて、吸い込まれそうだ。はぁ、と息を吐く。 「暑い、な」 瞼を落とした。そこでやっと蝉の鳴く音を認識する。こう恒常的に鳴かれてしまうといっそ耳に入らなくなるのだ。だから、後方、というよりも頭上でのかすかな物音に気をとられると、すぐにそれらは消えてしまった。瞼を開く。目の前に逆さまの日本の顔があった。頭上から覗きこまれているようだ。 「暑い暑いと言ってたら余計に暑くなりますよ」 黒い瞳は笑っている。その頬に右手を伸ばして触れた。 「熱い」 触れた指先が。日本は、もう、と少しだけ不満気な顔をした。その頬をつっついて、そのまま頭の後ろまで手を回して引き寄せる。意図を察して日本は首を下ろしてきた。 「たしか、暑い日は中から熱くなるといいんだったよな?」 そう言った瞬間、唇にかかった熱い吐息に、体の全てが熱くなった。 |