左手首を耳元に持ってきて、腕時計の音を聞く。

「癖に、なりそうだ」

カチ、カチ、というその音が聞こえる。

腕時計の心拍

自宅のリビングのソファーの上。普段なら家の中でまで腕時計はつけないけど、この一週間はほとんどずっと身につけていた。

ブレスレットとケースはシルバーで、同色の針はランス。フェイスはブラック。インデックスは何も無いから、時間を正確に読み取るというよりも、アクセサリーに近い。銀と黒で構成されたそれは身につけ始め一週間経った今でも自分に似合ってるかはすごく疑問だけど、きっと僕は前に使ってた実用的なデジタルの時計に戻すことはしないだろう。もちろんこの時計を選んだのは自分じゃない。一週間前の自分の誕生日に貰ったのだ。

カチ、カチ、カチ、と規則正しく腕時計は鼓動している。その穏やかな音に、昔聞いたあの人の、フランスさんの心音のようだ、と思った。そう思うと金属的な銀も光を吸い込んでしまった黒もどうしてか硬くも冷たくも思えない。むしろ心拍の記憶とともにあの人の体温が蘇り、温かささえ感じてしまう。いや、そんな昔の記憶なんかじゃない。つい最近の、この腕時計をはめてくれた時の指先の温度がまだ手首に残っているんだ。

『いつも、どんな時でもお前の傍にいたい』

そんなことを、言うから、わがままな僕はどこまでも本気にしてしまいそうで、怖い。冗談だと、わかっていても、本気にしてしまいたくて、怖い。

腕を下ろすと、手首に腕時計の重さを感じた。絡んだそれが、あの人の大きな手ならいいのに、と思った。ずっとフランスさんが僕に触れてくれていればいいのに。わがままなことに、そう、思ってしまう。

あの声でアメリカに渡した時は何て言ったのかな、あの手は毎年落ち込んでるイギリスさんを慰めたのだろうか。知ってる。フランスさんは僕だけの人では無いことも、あらゆる人に優しいということも。そして、だからこそ僕はフランスさんを慕っているのだ。

フランスさんはあらゆる人に優しいからこそ、僕にも優しくて、たとえ本心じゃなくても、少しの間僕を喜ばせるための言葉を選んでくれる。

それならば、それを掬って、僕はただ喜んでいてもいいのかな。そう右手に抱いていたクマ吉さんに問うと、知らない、と返されてしまった。ふはぁ、ととても大きな溜息をついた。

もう一度、腕時計を耳元にやった。もう既に癖になっている。

「これがあの人の心ならいいのに」

あの心拍も、あの熱も、あの言葉も、あの手も、全て僕の傍にあったらいいのに。
いつの間にこんなにわがままになってしまったんだろう。

僕は、腕時計にそっと唇を触れさせた。