俺の好きな人はすごく嘘つきだ。それに気づいたのは大きくなってから。小さいころはあの人の口から、嘘はダメだ、と教わってきたのに。 ああ、それが最大の嘘なのだと、気づく。 きっと彼はこれっぽっちも嘘をいけないことだと思ってはいないのだ。長い間そうして生きてきたのだから、そうせざるを得なかったのかったのだから。でも、だからって、ねえ。 「俺にさえ嘘をつくのかい」 言った声は思ったよりも低いものとなっていた。イギリスは俺の目の前で首を横に振る。 「違う。お前に嘘なんて……」 「そうやってまた嘘を重ねるの?」 「違うんだ。信じてくれ」 信じられる訳無いじゃないか、と思って笑う。俺の絶対は君だったのに、その君が嘘を肯定するんだ。 久しぶりに仕事でイギリスの方へ来てたから、遊びに行ってやろうと彼の家に向かったのはもう六時間前。誰もいない家でしばらく待ってそれでも帰ってこない彼にしびれを切らして電話をしたのはおよそ三時間前。 イギリス、覚えてる? 君、電話で、今は仕事中だから、て言ったんだよ。 「ほんっとに、仕事中だったんだよ」 「ふうん。それは何の仕事? 君は言葉に色んな意味を含ませるから」 きっと俺の知ってる仕事と、違うんだろうね? 彼がその、仕事、を終えて帰ってきたのは数時間前。俺が彼の首筋にできた鬱血に気づいたのは丁度三十分くらい前。同時に、仕事帰りだったというのに彼の身体から香水の香りがしたのにも気づいて、今の状況になっている。イギリスの家のソファ。イギリスはその肘掛の部分を背もたれにする様に仰向けになって、俺はその顔を覗きこむように上から覆い被さっている。 「何が、言いたいんだ……?」 酷く小さな声だと思った。少し泣きそうな声だと思った。でも、それだって嘘じゃないのかい? だって君は嘘つきな人だから。 「俺だって、君が思ってるほどバカじゃないってことだよ」 そんな適当な言い訳で、俺が騙せると思っていたのかい? 身体を支えていた右手を浮かせて、彼の顔のあたりまで持ち上げると、彼はぎゅっと目を瞑った。それから恐る恐ると言うように開かれる。 殴ると思った? でもそれって、自分に罪悪感があるからそう思うんだよね? 「どうせ後でバレる嘘なら、つかなきゃいいんだ。本当のことを言えばいい。ねぇ、俺が電話をしていたとき、何をしていたの?」 「……仕事、だよ」 「まだそんなことを言っているのかい」 誰かを思わせる香水の香り、首筋にある痕跡。 「何を隠してる?」 「何も、隠してねぇよ」 「本当に?」 緑の瞳を覗き込むと、その瞳はまっすぐに覗き返してくる。逆に嘘くさいな、と思った。 「じゃぁ、このキスマークはいつ、どうやってできたんだい?」 言っとくけど、俺のじゃないよ。 「それは……」 「これも君の仕事の範疇?」 もう、なんだかおかしくなって笑うと、イギリスは、んな訳ねぇだろ、と大きな声で言った。俺だって、と続く。 「俺だって?」 「……何でも、無ぇよ」 「……ふうん」 体を起こして、イギリスの上から退いた。イギリスは、小さく息を吐いた。バレなくて良かった、とでも言いそうに。あぁ、イライラとする。俺に隠したい物なんて、何。俺は君の全てを知りたいのに。君に全てを知って欲しいと思うのに。俺にとって一番は君で、大切なのは君で、それなのに。 ぶつけてしまいたい思いが多すぎて、何も言わずに、何も言えずに立ち上がった。はぁ、と大きく息を吐く。そのままドアの方まで歩いて行くと、後ろから声がした。 「どこ、行くんだよ」 「帰るんだよ」 「そんな……今さっきやっと会えたところじゃんか」 今日はもう遅いし、泊まっていけよ。 「遠慮しておくよ」 思ってもないこと言わないでくれるかな、とは心の中だけで零して、俺はドアを開いて、閉じた。 「……くそっ」 腕を振り下ろすと、ぼす、という間の抜けた音がした。 「頑張って、仕事終わらせて帰って来たのに……」 すっげぇ、頑張ったのに。 アメリカの電話があったその一時間後、隣の髭野郎が下らねぇ用を持ってきやがったのはだいたい二時間前。なんだよ、今日はヤケにはりきってんじゃねぇか、なんて台詞を無視して、書類を目でなぞり、ペンを滑らせた。ああ、全てあいつの所為だ。あいつがいなかったら今ごろアメリカとちょっと遅めの夕食食べて、話して、触れ合っていた筈なのに。思い出すだけでも腹が立つ。 頑張ってるイギリスに、ご褒美。 いつの間にかフランスは背後に回ってたらしく、ネクタイさえも邪魔だと解いていた襟の首筋に。 「……アメリカのばか」 言ったら言ったで、ありもしないこと疑うくせに。バカ。こんなキスマークくらい何でも無いのに、何勝手に誤解してんだよ、バカ。そんなに気になるのなら、気にならないくらいお前のでいっぱいにしたらいい話じゃないか。 信じろよ、バカ。お前には、お前にだけは信じて欲しいのに。 |
『Doubt!』山崎まさよし |