家には俺以外誰もいない。ヴェストとオーストリアは仕事に出かけてしまったし、オーストリアがいないからハンガリーやイタリアなどが来ることも無いだろう。壁にかかってる時計を見てもまだ昼を過ぎたとこ。俺は何もすることなく、ただベッドの上に横たわって、ダラダラとしている。暇、だ。かといって外に出るような気分でも無い。他人が楽しげに笑ってる様を受け入れそうに無いのだ。

何故かこのところ気分が乗らない。今朝不本意にもオーストリアにさえ心配されてしまった。変に考えこんでるなんて、あなたらしく無いですよ、と。ヴェストなんかは、もう何も考えず好きなことでもしとけ、なんて言う。
勝手なことを言うな、とも思ったが、そこは素直に聞いておいた。何も知らないくせに、とも思ったが、自分だって何も知らないのだ。

これから先、俺はどうなるんだろう、と思っている。自由な時間が有り余る様に、どうしようも無く、そう思う。
ヴェストも、オーストリアも、ハンガリーも何だかんだで忙しそうだ。ハンガリーには、暇そうなあんたとは違うの、とつい最近言われたところ。確かに違う。暇がこれほど苦痛なんて知らなかった。前までどうやって時間を過ごしていたっけ。
なぁ、親父、俺どうすりゃいいんですか? 手の届かないところへ行ってしまった人に問いかけるけど、返してくれるはずなんか無くて。

カンカンカン、と3度。古いノッカーの音がした。誰だろう。今日は誰も訪ねてくる予定じゃ無かったはずだ。
オーストリアやヴェストが家の鍵を忘れたのだろうか。それにしても帰宅が早過ぎ無いか。いや、大事な書類を忘れたのかも。
丁度いい気分転換だ、と跳ねあがるようにベッドから起きて、立ち上がった。


「久々やんなー。どうしとった?」
「お兄さんが遊びに来ましたよー」

開いたドアを閉じようとすると、向こうから二人がかりで押された。ぐぎぎぎぎ。一対二はせこいだろ。

「お前ら、何で来たんだよ」
「ん、お前どうしてるかなって?」
「せやで、忙しい中遊びに来たったのに文句言いなや」
「忙しい中って……お前ら仕事はどうした」
「お兄さんは、サボタージュ? あれ、スペインはどうだっけ」
「俺も似たようなもんやで。ま、ええやん」
「良くねぇだろ! 帰れ!」

ドアは十分に人一人が通れる隙間が出来て、そこからスペインが入ってくる。続いてフランスも。二人は実に楽しそうに笑っていて、ごとり、と俺の心に一粒、小石を落としてく。何でそんなに楽しそうなんだ? 何が?

「なぁなぁ、プロイセンの部屋ってどこなん? 案内してや」

俺はただ一つ溜息をついて、自分の部屋へと足を向かわせた。


「へぇ、こんな部屋なんだ」

フランスは俺のベッドへ腰掛ける。

「この机、いつから触って無いん? ホコリ積もってるやん」

スペインは随分使ってない机の椅子を引っ張ってきて、背もたれを前にして座った。俺は、知るかよ、と短く言ってから、フランスの横へと座る。

「掃除くらいしいや」
「そんなの、使う時でいいだろ」

そう返したが、この先机に座って自分が何かをする、という光景が思いつかなかった。このところ起きて、食べて、寝てを繰り返してる気がする。

「お前手ぇ貸して」

フランスが俺の手をとって、ぺたぺた、と触ったり、表っ返したり裏っかえしたりしながら、じっと見てくる。指をするりと撫でられて、ぞわっとした。

「っちょ、やめろよ」
「せやで、フランスあかんで」

けたけた、とスペインは笑う。フランスはいやぁな、と言った。

「ほんっとに何もしてねぇ手だなぁ、と思って。ん、隠居生活満喫してる様で結構なこと」
「ええなぁ。俺もはよ隠居したいわぁ。最近変に忙しくて」
なぁ、フランス。隠居したら何する?

フランスは、まずは可愛い女の子と遊ぶかな、と当たり前とでも言うような顔で答える。そんなんいつもしてるやん、とスペインはまた笑った。

「なぁ、プロイセンは何してんの? やっぱ、女の子?」
「はぁ? ……んなことしてっかよ」
「スペイン、だめだめ。こいつは。プロイセンちゃんはまだハンガリーちゃんのことが好きなんだもんね?」
「んなわけねぇだろ、あんな女……」
「声小さいぞ?」
「一途やんなぁ」

からから、と二人に笑われる。あーもう本当。何のためにこいつら来たんだよ。俺の前でこんな楽しそうに笑いやがって。ちょっとは俺のことも考えてくれ、なんて思う。知ってる。無理だ。隠居したい? 馬鹿を言うなよ。なぁ。なぁ。

俺はいつまで『生きて』いられる?
いつの間にか心に溜まっている小石がずっしりと重い。苦しい。なのに、他の奴らは何でこんなに楽しそうに笑っているのだろう?

「でもええなぁ。本当、気楽で。うらやましいわー」
「気楽じゃねぇよ。叶わぬ恋に身ぃ狂わせてんだぜ。辛いよなぁ」
「ハンガリーちゃんてこっち頻繁に来てんの?」
「来てんじゃないか? だって、オーストリアも一緒に住んでんだろ?」
「ドイツとオーストリアとプロイセンか。ドイツも大変やなぁ」

そうだよな。あいつの方が大変だよな。家のこともして、国のこともして。俺、何もしてねぇもんな。

なんで俺はまだ『生きて』いるんだ?
俺の存在は何なんだ、なんて。今更。本当に今更。なぁ、苦しい。しんどい。助けてくれ。

「ドイツもオーストリアも居ないんだったら酒持ってこりゃよかったな」
「あ、せやん。何で持ってこんかったねん。気ぃきかんなぁ」
「そう言うならお前が持ってこりゃよかったろ」
「ま、せやねんけどなぁ」

フランスとスペインは二人で喋り続ける。俺はぼすっとフランスとは逆の方にベッドに上半身だけ倒れこんだ。もうこのまま眠ってしまいたい。何でお前らそんなに楽しそうなんだ? 俺はこんなに辛いのに。
知ってる。例えば今ここであいつらの話を止めて、辛い、と言えば二人は心配してくれるだろう。一緒に考えてくれるかもしれない。こいつらは何だかんだで優しい。知ってる。そんなこと。伊達に長い付き合いじゃない。
でも知っている。弱音を零したところで、誰も解決策など知らないんだ。いつ消滅するかわからないのは、俺もこいつらも同じ。

ただ、俺の方がその実感があるだけ。なぁ、俺はいつ消えゆくの。東西の格差が消えた時? つまり俺の愛する人間達が豊かになるほど、俺の存在は消えてくのか? なんてことだ。

ぺたりぺたりとフランスが体を触ってくる。スペインと喋りながら。ああ、俺まだ存在してんだなぁ、と思った。
腰あたりから徐々に肩へと手はのぼってくる。背の肩甲骨あたりで一度とまって、もう一度。

「……何してんだよ」
「いやぁ、プロイセンちゃんが? つまんなさそうだから」
「……うっせぇよ。お前らもう、帰れ。仕事、あんだろ」
「何なん。今日はいつにもましてノリ悪いやん。プロイセン」
「いつにもまして、て何だよ。あーもう。気分じゃ無いんだ。帰れ」

うつ伏せになるように上半身を回すと、心の中の小石がごろごろごろ、と共に移動する。スペインとフランスは少し困惑したように、黙った。お前らは全然悪くねぇんだよ。ただ今は勘弁してくれ。

「なぁ、さっきから本当どないしたん?」
「悩みがあんなら、お兄さん達に言ってみな?」

聞いてあげるよ、と声がする。いや、いい。言ったところでどうしようも無いのは自分も知ってる。
何で人間は永遠を求めたがるのか。永遠なんて存在しないからだ。永遠の存在なんて、ありえない。俺らだって、ちょっと人間より長く生きるからって、永遠ではない。

二人は俺の言葉を待っている。

じゃあさ、と俺はベッドに顔をを埋めたまま言った。

「俺の存在に、なんの意味があんの?」

泣いてしまって、どうしようも無い子どもの様になれたら楽かな。
先のことなんて考えずに、こいつらと笑いあえたら幸せだろうな。

なぁ、俺はどういう存在なんだ?

終末前の自己喪失
暇は毒。昔はこんなこと、考えもしなかった。