永遠なんてそんなもの、私の前では捨ててしまって、
ドアが開くなりすぐに家主に飛びついて、舌を絡めてしまえればなんて素敵なことだろう、と向かうタクシーの中、そう思ってしまった。きっと彼は頬に朱を昇らせて、ちょっと怒ったような声音を出すかもしれないけど、けして拒んではこないという自信がある。濃い霧も、広い庭も、私達を他から隔ててくれるだろうから、あの人が恥らっても何ら、何ら問題は無いのだ。深い口付けを他者に見られる心配が無い、のではなく、あの人の一等可愛い姿を他者に見られる心配が無い、という意味で。

そうしてるうちに霧の向こうに薔薇の垣根が見えてきて、運転手に言って降ろしてもらった。

あの人は今どうしているでしょうか。時計をちらりと見る。丁度五分前。だけれど、あまり早く行きすぎるのも失礼だからあの人を思いつつゆっくりと歩くつもりだ。長いとも思える、とても豊かで贅沢な時間。だって会ってしまってからは何もせずとも時間があっという間に過ぎてしまうのだもの。

暖かで深い色のドアの前に立ち、ネクタイに触れ、背広の裾をひっぱり、足元を見る。最後にさっと、髪を梳いた。ドアノッカーに触れてから、唇の端を僅かに上げる。二、三度こんこんと叩いた。さてドアが開くまであと何秒? もう一秒たりとも待てない気がする自分が怖くて笑ってしまう。早く、早く来てちょうだい。さっき思ったあなたが溢れてしまう。

足音がドアの向こうから近づいてくる。存在を感じる。ドアが内側に開いた。新緑の目、月色の髪を確認するなり体が勝手に動く。ぎゅっと抱きついたら、私の腕の中で彼はわぁっと驚いたようだった。自分より少し上のところにある顔が、熱を持つのがわかる。

「日本……どうしたんだ?」

戸惑うようにおずおずと零される言葉が可愛くて仕方がない。少しだけ腕を緩めて顔をあげると、真っ赤な顔と目があう。にこりと微笑むと、少しだけその表情も和らいだ。唇を近づける仕草をすると、彼のそれも近づいてくる。触れるだけの接吻。あらあら違うでしょう? もっと違うものが欲しいの。離れようとした唇をぐいっと攫った。薄く開いた隙間から失礼しますね。

でも絡ませてみれば、応じてくれる彼が嬉しくて、ただただ溺れたように口付ける。

はぁ、と唇を離すと、彼はにっと笑っていて、まだ顔はほのかに赤いけどなんだか余裕そう。いつの間にか彼の腕も私の腰に回っていた。

「顔赤いぞ?」

頬を撫でる手が少しだけ熱い。あら、撫でられた頬の方かしら。少しだけ面白くなくて黙ると、彼は満足気にくすりと笑った。ああ、もう。面白くない。するりと体が離れていく。

「入れよ。今日はまだまだ長いんだ」

ああ、また嘘ばっかり。いつも気がつけば帰らなければならない時刻になってるのに。毎度、永遠にお前と一緒にいたいのにな、と呟くのは一体どなた様? そもそも私は永遠なんて信じちゃいない。永遠に続くものなど有り得やしない。だからこそ。
儚いこの恋に共に溺れ死んで頂戴。