ぜったいしぬなよ、とあいつは言った。俺は意味が掴めなかった。二人で過ごした夜だった。どこかで銃声が響いている。それから、にやりと、昔を思わせるようにあいつは笑う。 「お前を殺すのは、俺だけって決まってんだからな」 やっと意味を掴めた俺は、くすくすと笑って、じゃぁ、俺を殺すまで、お前は死ぬなよ、と言ってから、あいつの唇に唇を落とした。誓いのキスだった。 妙に熱い、戦場での夜だった。 アーサー・カークランド。墓標に刻まれた文字を指でなぞった。真新しいそれは未だ引き返せる過去のようで、だけど石の硬さと冷たさが過去になど戻れはしないと俺につきつける。俺が持ってきた白い百合と赤い薔薇が強い香りを放った。 「イギリス」 あいつの名を呼んでも返答など返って来はしない。当たり前だ。緑に覆われた丘陵地。ここに眠っているのは、アーサー・カークランドであって、あのイギリスではない。幼いころのイングランドでもない。 今尚、ブリテン島に連合王国は存在していた。そしてそれはスコットランドが仕切っているものであって、あいつではない。勿論、この新しい『連合王国』も、かつての『連合王国』と同じく、またそれ以上に年を重ねているのだから、知恵も老獪さもある。隣国としてはまだまだ重い存在だ。しかし、あいつではない。 「なぁ、イギリス」 俺は墓標に向かって話しかける。地面に向かって話しかける。だけど俺はそこにあいつがいるとはけして思ってはいない。だけど、どこにもあいつはいない。 「俺は、まだ死にたくないし、死ねるような状況でも無いんだけどさ」 だって『フランス』は俺一人だし。でも、たとえばの話だよ。お前はシケたこと言うな、と怒るだろうけど。 「もし、この世に、俺は俺の存在を捨ててしまえるほど絶望して、すごく……死にたくなったら」 お前と一緒のところへ行きたくなったら。 「俺はどうすればいいんだ?」 お前はあの誓いを破ってしまったけど、俺はまだあのキスの熱を引き摺っているんだ。 視界が滲んでとっさに俯くと、足元の草があいつの瞳の色をしていて、こらえきれずに一粒、滴が零れ落ちた。 |