酔っ払いほどタチの悪い生き物は無い

イギリスは改めて思った。いつも自分がそのタチの悪い生き物になってることへの反省も含んでいる。ビールジョッキ片手に、日本は、ちょっろ聞いてあすぅ? と呂律の回らぬ舌で言って、ちゃんと聞いてるよ、と答えた。

「そん時ねぇ、私は言ってやっらんですよ」

だから止めたんだ、とイギリスは思った。百年以上前から知ってたはずだ。日本は酒が弱い。己のことを棚にあげて言うな、とヒゲ野郎とか、その辺に言われるかもしれないが、己のことを知ってるからこそ言える。弱い者同士、外で飲むのは止そう。イギリスはこの店に来る前にちゃんと言った。そのイギリスが酔っていないのは、席に着いたとたん日本が浴びるように飲みだし、即行酔っ払ったからだ。

「アメリカさんのすっとこどっこい!」

日本が一際大きな音を出す。店員がちらりとこちらを向いた。周囲にも同じ様な酔っ払いはごろごろといるが、今は大分マシになったけど、やっぱり外国人は珍しいらしい。イギリスは力なく笑い返すしかなかった。日本はすっきりしたのか、へっへへと笑い出す。しかもさっきから彼の口から吐き出される言葉はアメリカに対する不満ばっかりで、イギリスはそのすっとこどっこいを育てた者としての肩身の狭さを感じた。マジごめん。育てた俺が悪かった。

日本はくいっとジョッキを干す。イギリスも一口だけ温くなったビールを飲んだ。イギリスの家ではビールは温いものだが、日本の冷えたビールも悪くは無い、と思ったのはいったい何年前のことだっけ。しかし、気など疾うに抜けていて美味しくなく、別段勿体無くも、名残惜しくも無かったから、日本に、もう帰ろう、とイギリスは促した。

「いやですぅ。わあしはまだまだ飲むんですぅ」

完璧呑まれてるだろ、とは口に出さず、イギリスは立ち上がり、日本の腕を掴んで引き上げる。ああ、もう酔っ払いほどタチの悪い生き物は無い。そしてその世話は至極面倒だ。いつもされる身だから、する身になって久しぶりに実感する。いつもしてくれる奴は誰だっけ? 感謝しないと。ああ、ヒゲ野郎とかアホ眼鏡か。よし、必要なし。

「飲むなら日本の家で飲み直そう。な?」

そうイギリスが言うと、日本は、しょうがないれすねー、と立ち上がった。ぐてん。バランスが取れないのか、日本はイギリスの方へ寄りかかった。何か愉快になったらしく、ひひひと笑いだす。歩けるか、とイギリスが問うと、日本は、あるけませぇん、と言って、また愉快気に笑った。


イギリスは、肩に日本の体重を感じながら歩いている。ぎゅっとくっついた体は、布越しにも温かかった。ずっと昔。であった頃は握手をするのさえもぎこちなくて、たまに指が触れたときなど過剰と言うほど反応する日本にこちらも赤面したことがあったな、なんてイギリスは思い出す。その時は二人で飲むときは二人して飲んで醜態を晒さぬ様にしていた。

進歩、したと思ってもいいのか。それは都合よすぎる解釈か? イギリスは苦笑した。すると、日本は不思議に思ったらしくイギリスを見上げた。

「何が、可笑しいんれすか?」
「いや、日本と飲むのは楽しいな、と思っただけだ」

思考を明かす訳にはいかなかったから、そう誤魔化す。別に嘘を言ってるわけでは無い、とイギリスは心の中で自分に訴えた。日本はその言葉に気を良くしたのか、一層にこにこと微笑んで、私も好きれすよ、と言った。イギリスさんと飲むの。

まったく、酔っ払いほどタチの悪い生き物は無い!