「お前なんか知るかぁ! ……独立しやがって」

グラス片手にイギリスはわめく。せめて次を注がさぬ様にしようとボトルを取ろうとすると、さっと少しのところで奪われた。とぽりとぽり。真っ赤なワインはボトルの口から零れ落ちて、イギリスのグラスに溜まっていく。眩暈がした。許されるならこの人を置いといて帰りたい。
――と言っても、ここは俺の家なんだけど。
どうにも逃げられぬ状況にため息を吐くと、イギリスはびくりと肩を震わせて何か小さく悪態を吐いてからグラスを呷った。

「……君、本当そればっかりだね」
「うるせぇ、黙れ」

確かに回らぬ舌で彼は言って、ごとり。グラスを置いてテーブルにつっぷせる。

「どうせみんな、おれを放ってくんだ」
嫌いだ。お前なんか。

俺は、もう一度ため息を吐いて、ボトルをイギリスから奪い取ると自分のグラスに注いだ。その間も尚、彼は俺を傷つける言葉を零している。嗚咽が混じりだした。泣いているのだろう。俺のよりも小さい肩が、昔は大きく見えた肩が、大きく、上下する。嫌いだ、とまた彼は言った。

「……ごめんね」

自分のとは違う金髪を撫でるとイギリスはゆっくりと顔を上げた。赤くなった目からは涙が伝っている。手で拭ってやるとよりたくさんそれは溢れて、困ったように俺は苦笑した。ごめんね、こんな風に泣かせたかったわけじゃないんだ。君に追いついて、追い越して、君の手を引いてあげて、それで君に、すごいな、て笑って欲しかったんだ。心の中に溜まった言えない言葉を流すようにワインを流し込む。

「お前だって、どうせ俺のこと嫌いなんだろ」

イギリスの涙は止まらない。大量の涙に拭うことを諦めて彼のグラスを握っていた手を取ると、あっさりとグラスを手放したその手は俺の手をぎゅっと握ってくる。温かいを通り越して熱い手だった。握り返すと手の中に納まってしまったそれに、嬉しいような、切ないような気持ちになって、何も言えなくなった。

「俺のこと、嫌いなんだろ」

彼は繰り返した。泣いているのに、笑っているような声音で言う。そんな風に笑って欲しい訳じゃないのに、と俺は思って、嫌いだよ、と返した。

「何もわかってくれないイギリスなんか、嫌いだ」

言ってしまうと、イギリスははっとその大きな目に傷ついたような色を浮かべてみせて、視線を落とした。……知ってる。言わないからいけない。でも言ったところで信じてくれるのか。そう思って、俺まで泣きたくなる。

「……そうかよ」

イギリスは小さく言って、黙った。涙はとまったようだ。でも笑ってはくれない。どうしたら笑ってくれる? 昔は簡単にできたことが、今はすごく難しい。君が今の俺に笑いかけてくれるなら、何だってしてあげる。それくらいに思ってるのに。他に何もいらない。それくらいに思ってるのに。

「俺だって、お前なんか、嫌いだ」

言って彼は握った手をはなそうとはせず、むしろ一層力を入れて俺の手を握った。温度の高い手。その手で心臓まで締め付けられてる気がして、すごく苦しくなって、息がつまる。堪えなくて、ぽつりと言うつもりじゃなかった言葉を零した。

「でも、大好きだよ」

俺はこれ以上言うまいと、彼の手を強く握り返した。
『てのひら』より子