言ってしまった後に、何が残るのかはわからないけど。


ゆっくりと目を開け、顔を上げると、イギリスさんが座っていた。少し頬が赤い気がする。
あぁ、何をしていたんだっけ、と思って頭をめぐらす。
見覚えのある喫茶店。一目でわかる様に、うちのとこではなくイギリスさんのところのだ。暖房が効いていているから、きっとそれでイギリスさんは火照ってしまったのだろう。テーブルの上には開きっぱなしの本と、飲みかけの紅茶二つ。……時刻はいつだろう。

「今……?」
「三時二十六分だ」

そう聞いて、あぁ、イギリスさんと待ち合わせをしていたのだ。白い手が示す腕時計に納得する。だいぶ待たせてしまったらしい。

「眠ってしまってたようで……ごめんなさい」
「いや、俺も遅れてすまない」

いえいえ、と返して、最近お忙しいのですか、と続けた。

「まぁまぁだな。そっちの方が最近忙しいだろ」

きちんと寝てないんじゃないか、と問われる。同時に、その心配気な眼がこちらをじっと伺っていて、堪えれず視線を手元に落とした。

*     *     *


店の中に駆け込むと、いつもの二人掛けのテーブルに、スーツの袖の下に開きっぱなしの本を敷いて彼はうつ伏せに寝ていた。時間を確認すると、二時五十三分。だいぶ待たせてしまったらしい。テーブルの上には飲むかけの紅茶が一つ。本は日本語で何て書いてあるのかはわからないが、開いてるところはもう本の中ほどを過ぎたところである。

呼吸を落ち着けつつ日本の正面に座る。どう謝ろう、なんて考える。きっと日本は一言も責めやしないだろうけど。
その時テーブルが揺れてしまったのか、彼は寝言を言って、頭の向きを変えたが起きはしなかった。黒髪がさらりと流れる。

内心、ふぅ、とため息を吐いた。

「……起こすべきか、起こさざるべきか」

そう言って、あまりにも懐かしすぎる顔が浮かんで、くすり、と笑う。でも問題はそんなことじゃなくて、目の前の状況だ。

オーダーを取りに来たウェイターに、同じ物を、と言って、皮の手袋を外す。

「まぁ、寝とけ」

このごろそっちは大変な様だから。きっと十分に寝てないんだろ。
言いながら、指を黒い髪に絡ませる。するりとした感触が心地よくて、胸が切なくなった。


もうこの浅い心では溢れてしまいそうです。