あの日、あいつが俺から「自由」になった日、 俺もあいつから「自由」になった。 I'm free. まず、何かのために仕事を早く終わらせるということが無くなった。 無理して体調を崩すということも無くなったし、適度に休息を取ることも覚えた。 あの時の怪我はもうとっくの昔に癒えてしまっているし、精神の安定もそれなりに図れている。 あいつとは以前ほど親密という訳では無いが、会えば挨拶程度の話はする様にもなった。 わりと穏やかな、日々を過ごせていると言ってもいいのでは無いだろうか。 休みの日には庭を弄って、花弁に腰掛ける妖精らを眺めながら紅茶を飲んだり、刺繍をしたり、 たまに大陸の変態がきて、喧嘩しながらも話を聞いてやったりして。 わりと安らかに、日々を送っていると言ってもいいのでは無いだろうか。 でもたまに、思うことがある。からりと、何かが崩れることがある。 残った仕事を明日に回して家路に着くとき、眠ろうとしたベッドの中、庭に新しい花の苗を植えているときや、フランスが帰って、二人分のティーセットを片付けているとき。 たとえば昔なら、意地でも明日までに仕事を終わらせようと仕事を持ち帰ったし、隣には小さな体温が寝息を立てていたし、花を植えるのもあいつのところで、紅茶を飲むのもあいつとだった。全てがあいつだった。 今は、どうだ? 俺の中に何がある? 何が残って、いる? きっと残っているのは過去の「あいつだった」物で、今のあいつではない。 それらを心の隅っこに積み上げて、見ないように、気づかないように、俺はただ、何事も起こらない日々に流されている。 崩れるのはきっと、その積み上げられたそれらの一つで、そうした日々に小さな音をたてて小さな波紋を作り、俺に存在を気づかせるのだ。 仕事を早く終わらせてまでしたいことが無くなった毎日。 俺が体調を崩してもあいつはどうとも思わないだろうということ。 消えてしまった、あいつと俺が家族だったという事実。 ちょっとしたことで精神の安定など崩れてしまう。 音も立てずに涙が溢れた。嗚咽を上げても気づかれることなどない。 |
I'm free(=何にも囚われなくて寂しい) |