こぽりこぽりと音を立てて茶が湯のみに入る。手をかざすと白い湯気が温かい。
それを持って縁側によっこいしょと座った。猫がゆるゆると近づいてきた。
何十年、何百年も庭に植わっている桜の木は今まさに見ごろを迎えていた。
植えた時には中国が一緒だったからかなり前だということしか憶えていない。
春の昼の暖かな日差しが散っていく花びらを照らす。猫がにゃぁと鳴いた。

空は朱色をしていて、暗くなるのにそうそう時間はかからないだろうと思った。
いくら春になり日が伸びたとはいえ、傾きはじめればあっという間に暮れていくのだ。
「日本、日本。ここにいたあるか」
ひょいと大きな木の向こうから中国が顔を出した。寂しくて、不安で泣いていた日本は驚いてぴたりと固まった。中国は日本の前まできて目の高さをあわすようにしゃがむ。
「もうふらふらと一人で行くんじゃないあるよ」
そう言って撫でる大きな手に日本は今度は安心して泣いてしまう。
「う、うぇ……ちゅ、中国さ…ん」
「よしよし。この山は広いが見つかってよかったある。それにしても日本の山も綺麗あるね」
「ほ、本当……ですか?」
ずっと鼻をすすって言う。本当ある、と中国が言った。
「あっちの方に大きな山桜の木があったある。花と言えば梅あるが、桜も綺麗ある」
日本はありがとうございます、とまだ泣きながら言った。
「ほらほら、泣きやむあるよ」
こくりこくりと日本は頷いた。中国はその、目を擦っている手をとって言う。
「そうしないと山桜、見れないある」
今度はちゃんと手をひいているから安心するヨロシ、と中国は立って日本の歩幅に合わしてゆっくりと歩く。
それでも日本はてこてこと少し早足で着いていった。
包んだ大きな手と、包まれた小さな手が両方とも温かい。
ちゃんと泣きやんだ日本に、中国は日本は強い子あると微笑んで、それに日本ははにかんでみせた。
山の奥にあった山桜は本当に綺麗だった。
「散っていくのは切ないある」
夕日が散りゆく白に近い花びらを赤く染めた。
あまりに中国が惜しそうな声で言ったので、日本はだから美しいんですとは言わずに、そうですね、と応じた。
もうつないでる必要はないのに、中国は少し力をいれぎゅっと日本の手を握った。

遠い日のことを思い出しているうちに茶は冷めてしまい、いつの間にか猫もいなくなっていた。
あれだけ高かった太陽もいつの間にか沈みつつある。
そんな自分に苦笑して日本は立ち上がろうとした。
その時、急に強く風が吹いて。
散ろうとしていた花びらが、散ってしまった花びらも再び、舞った。
あの日と同じように夕日に照らされて。
「……中国さん」
視界いっぱいの花びらの向こうに中国が見えた。
「夜桜しにきたあるよ」
お酒も持ってきたある、と笑って中国は日本に渡して縁側に座る。
「ありがとうございます。おつまみ用意しますね」
そう言った日本に、中国は桜は綺麗ある、と微笑んだ。
「前も言って下さいました」
「そうだったあるか? まぁ、いいある。 しかし散っていくのは切ないあるね」
風はすでにやんでいるが、また二、三枚が落ちていった。
「そうですね」
日本は応えた。
『さくらさらり』Cry&Feel it