シャワールームから帰ってくると寝息が聞こえた。それに少しだけむっとして、でも同じくらい安心して彼が眠るベッドに腰掛ける。
「おいおーい、寝ちまったのか?」
なんて声をかけた。返事が返ってくることを期待はしてない。それにだって起きられても文句ばっかだし?
フランスは背を丸めて肘を自らの膝に置くと、背中につけられた傷にバスローブの生地が触れ、痛い。
「爪、かなり伸びてんじゃねぇの。まったく」
被害が降りかかるのは、お兄さんなんだからね? と心の中で続けた。寝ているイギリスの手をとって爪を見てやろうとしたけど、ぎゅっと握られてしまってそれは適わない。
窓の外にはしとしとと例のごとく雨が降っていて、月も星も隠されてしまってる。
イギリスは少し唸って寝返りをうった。
その額に音を立ててキスをして、髪をさらりさらりと撫でてやる。
結構お兄さんもだるいんだけど、今晩はこの隣じゃ眠れそうにねぇや。
彼の所為の背中の傷を思って軽く微笑む。イギリスの耳元に唇を寄せて、フランスは一言囁いた。



ドアが立てた音に気づいた。シャワールームからフランスが帰ってきたのだろう。しばらくしてベッドが沈んだ。
「おいおーい、寝ちまったのか?」
寝たよ。寝てたよ。だからお前もさっさと入ってきて寝てしまえ、とイギリスは口には出さなかったけど返事した。
だけどフランスはどうしたのか入ってこなくて、ちょっとした後、また彼の低い声が聞こえた。
「爪、かなり伸びてんじゃねぇの。まったく」
はぁ? いきなり何言ってんだよ。寝るのならはやく寝てしまえ。そう微妙な位置にいられるとこっちも寝難いんだよ、馬鹿。
そう、やはり口に出さずに反論していると、またベッドが沈む。彼の体が近づいてきたようだ。けど、また離れていく。
……何してんだよ、寝ろよ、なんて思いながら寝返りをうった。もしかしたらベッドの真ん中を占領していたかもしれないから。ほらこれで入るはずだろう? 寝ろよ。近づいてこいよ。離れんなよ、馬鹿。
そこまで毒づいて、ん? なんだかおかしくねぇか、と思う。それじゃまるで俺があいつを求めてるみたいじゃないか? いや、それはおかしい。違う。
額に音をたてたキスをされる。続いて彼の手が伸びてきて、髪を撫でられた。さらり、さらり、さらり。その手を掴んでやろうかなんて思うのはきっと今が夜中だからだろう。ほら、窓の外に雨が降ってるし。
イギリスは適当に理由をつけてほんの少し満足した。



また色々と不安定になってきて、近いうちに戦争が起きるだろう。もう小さいのは各地で始まってるようだ。
そしたら、また。いや、今度はもしかしたら。……嫌だ。



目をつぶったまま髪を滑る指を受け入れていると、また顔を寄せてきたようだ。耳元に息がかかる。
フランスの甘ったるいしつこく残る低い声を受け止めながら、無理やりにでもベッドに引きずりこんでやろうか、なんて思った。
だってまだ夜は明けていないし、雨はやんでいないし。



背中のかき傷、痛えなぁと思いつつイギリスから離れたら、寝ている彼に手首を掴まれた。見ると案の定爪は少々長めだ。
その指先がひんやりと冷たくて温めてやろうとフランスはベッドに入った。


しつこい、だけど嫌いじゃない声が耳に残る。
ベッドに入ってきたあいつに、寝ているふりをして自分の体をおしつけた。
『Sleeping Butterfly』山崎まさよし